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次世代委員会 情報発信事業2

たんぽぽ苑

 【外国人介護人材の雇用とは?実際に聞いてみた】

取材先担当者 清水施設長 取材者 次世代委員 長手委員(八光苑)

この度私は、飛騨市神岡町にある社会福祉法人神東会が運営する特別養護老人ホームたんぽぽ苑へ行ってきました。神東会では、これまでEPA(経済連携協定)をはじめとした外国人介護人材の雇用を、飛騨地域ではいち早く取り組まれた実績があり、またその方々の住まいには同町内の空き家も活用されてみえるとのことで、今後外国人介護人材の雇用を計画している事業所の方々の参考になればと、たんぽぽ苑清水施設長様にご協力を頂き、現場で働く外国人介護人材の方にも取材をさせていただきました。

 

(清水施設長様へのQ&A)

-これまで雇い入れた外国人介護人材の在留資格種別を教えてください。

これまで、EPAを2名、技能実習を3名、在留資格「介護」(留学生)を10名、特定技能1号「介護」を1名、計16名雇用してきました。現在は、内13名が在籍しており、インドネシアとネパールの出身の方々となります。

 

-なぜ外国人介護人材の雇用に至ったか教えてください。

平成27年にショートステイを立ち上げ、特養のベッド数を増床したが、介護職員が不足していた為、すぐにフル稼働することができませんでした。新卒者の採用が見込めず、また神岡町の立地的な問題から、他方からの雇い入れも困難な状態でした。そこで、当時外国人介護人材を雇用する方法はEPAのみであった為、EPAを活用する旨理事会で説明を行い、平成29年に着手しました。

 

-外国人介護人材の雇用に際し、日本人職員の方の反応はどうでしたか?

職員からは受け入れることに際し、「言葉のこと」「指導のこと」など、不安が多かったと聞いています。職員には、出身国の情報や文化の違いなどを説明し、法人全体で、ウェルカムモードで受け入れる体制を作りました。

 

-現場の職員だけでは色々指導は大変だと思いますが、何か工夫をされてみえるところを教えてください。

外国人職員の指導には、ベテランの介護福祉士(パート)を教育係とし、日常生活も含め現場職員、法人本部職員が一体となりサポートしました。日本語教育の専門に教員のOBも雇用しました。

 

-日本語教育の専門の職員も雇ったのですね。

神岡町には土地柄、大型のショッピングセンターがないですが、現場職員は自身の買い物に行く際に声を掛け、連れて行ってくれます。先日も古川町で行われた「きつね火まつり」にも連れて行ってくれていました。

 

-実際に受け入れてみての、日本人職員の反応はどうでしたか?

実際に受け入れてみると、日常会話程度であれば問題なくでき、コミュニケーションの面では心配したほど困難ではありませんでした。これまで受け入れてきたベトナム、インドネシア、ネパールの職員は、どの国も家族やお年寄りを大切にする風習があり、勤勉で優しく、日本人職員にも良い影響を与えました。

 

-ご利用者との関係はどうですか?

ご利用者からも大変可愛がられ、トラブルはほとんどないです。

-外国人介護人材の方々の住まいには、空き家を活用されてみえると伺っておりますが、詳しく教えてください。

空き家を活用し、当法人では社員寮としています。神岡町内に女子寮1棟、男子寮1棟あります。どちらも不動産業者を介して借り受けを行っていますが、借り受け前にリフォームをしていただけることを条件とし、業者に物件を探してもらいました。

空き家の活用については、飛騨市にも相談をした結果、「空き家社宅化支援事業」を創出していただくことができました。

 

-まとめていただいた資料にも、その他いくつか飛騨市の補助事業が記載してありますね。

飛騨市ではそれ以外にも、「外国人介護人材確保推進事業」や「医療・介護等専門職員U・Iターン就職奨励金」など、様々な事業を創出していただきました。

補足ですが、職員寮以外にも、飛騨市民病院の医師住宅や民間のアパートも活用してもらっています。外国人職員の中には、家族帯同の方もいます。

 

-外国人介護人材の方々を雇用するにあたり、地域の方々の理解もカギになるところがあると思いますが、法人として工夫されてみえる点がありましたら教えてください。

採用当初は、コロナ禍であり、地域のみならず法人内でも交流が制限されていました。そのため、地域活動に参加する機会がほとんどありませんでした。新型コロナが落ち着いてからは、例祭や盆踊りなどのイベントに参加したり、地域興しのイベントに参加し、出身国の食べ物を販売するなどもして、地域の方々との交流を図っています。

 

-外国人介護人材の雇用について、今後の展望や課題を教えてください。

職員も年齢を重ねていきますし、いつ退職される可能性があるかは見通しが付くところもあります。そういった点からも、今後も計画的に外国人介護人材の雇い入れは継続していく予定です。

ただ、今後課題として、まず、特養の夜勤時間帯の職員配置の部分です。

 

-夜勤時間帯の職員配置というと、具体的にお願いします。

現状では、日本人職員と一緒に夜勤業務を行っていますが、これを外国人職員のみで実施するとなった場合、例えば夜間に救急搬送を要した場合の医療機関職員とのコミュニケーションの部分も含め、いくつか課題をクリアしなければいけないと感じています。現行法で特養に宿直員の配置義務がない旨、先日も通知がありましたが、医療機関へ引き継ぐ際に、適切な伝達業務を実施する点からも、今後も特養では継続して宿直員を配置することにしています。

 

-ありがとうございます。その他にはどんな課題はありますか?

日本人介護職員を雇い入れることが困難ではありますが、外国人職員も一定数以上は雇い入れることはできません。当法人として外国人職員の比率のボーダーラインをどうするかを、近い将来必ず定める必要が出てくると思っています。

 

-外国人介護人材を雇い入れるにも、ボーダーラインがあるのですね。他にも課題はございますか?

他には、神岡町は公共交通機関を利用しても、高山方面や富山方面へ行くのに乗り継ぐ必要があります。この地域で長く生活していただく為には、自動車が必須となります。この点についても飛騨市に相談し、「自動車運転免許取得助成事業」を創出していただきました。先ほども様々な事業を創出していただいた話をしましたが、行政との対話は非常に重要だと改めて感じました。

-行政機関との関係性の大きさを改めて感じます。

外国人介護人材を受け入れで、何か変化があったことを教えてください。

EPAや技能実習に着手した際、マッチングの為現地に行ってきました。テレビやネットでも情報を入手することは可能ですが、実際に現地に行ったことは大きかったです。肌でその国を感じることで、日本に来た際どうサポートしなければいけないのか、これは現地に行ったからこそイメージが膨らんだ点でもありました。この経験は、今後も生かされていくことになると思います。

また、外国人職員には家族帯同の方もおり、その家族も制度上アルバイトであれば可能なことから、近くで求人のあったコンビニで働いています。

 

-コンビニの仕事は自らで話をしに行かれたのですか?

コンビニで働く際に、私が仲介しました。本人たちのサポートだけでなく、その家族のサポートも行うことも使命だと思っていますし、地域貢献の一環になればと思います。

 

-社会福祉法人の使命ですね。すごいです。

最後に、外国人介護人材を雇用したことによって生まれた、利点を教えてください。

本質的な部分で、外国人介護人材を受け入れたことで、慢性的に不足していた介護職員が充足してきたことのみならず、職員間のコミュニケーションが活性化されたと感じ、更には、コロナ禍で一度離れた職員の距離が、彼らのお陰で以前に増して一層近づいたのも実感しています。

 

-貴重なお話をありがとうございました。

 

(外国人介護人材の方々へのQ&A)

-仕事をする上で、どんなことに困ったか、教えてください。

日本語が早いと困ることはありました。全部言っていることは聞き取れないこともありました。でもそういう時はすぐに日本人スタッフを呼んで、助けてもらっています。

 

-日本語だけでなく、介護は専門の言葉も覚えることが必要になりますよね。

専門用語が多く、覚えることがたくさんあります。スプーンもいくつも種類があって大変です。車椅子も、自分で動かすことができる車椅子や自分で動かすことができない車椅子もあります。それぞれに名前がありますが、インドネシア語では「車椅子」しかないので、難しかったです。

 

-神岡での生活はどうですか?

とにかく冬は寒いです。大垣(※専門学校の関係)に住んでいましたが神岡は雪が多いです。除雪は大変です。

神岡に来て、近所の人が優しいので嬉しいです。野菜もくれるし、除雪もしてくれるし、清水さん(施設長)も草むしりもしてくれます。

 

-施設長をはじめ職員の方々も生活面でも色々助けてくれるのですね。

必要なものがあったときは、セクションチーフ(※フロア長)に買い物にも一緒に連れて行ってもらいます。(セクションチーフは)お母さんみたいな存在です。いつも助けてもらっています。

 

-慣れないところで色々あるとは思いますが、日本での生活でどんなことに困ったか、教えてください。

日本語が難しく、初めは銀行へ行っても、日本語が話せないとダメでした。スーパーへ買い物に行っても時間が掛かります。ハラルで豚肉やアルコールはダメです。インターネットで買いものをします。

日本に来て近所の人とどう話せばいいのか、分かりませんでした。先輩にも散歩に付いて来てもらったり、助けてもらっていました。専門学校の時は勉強とアルバイトの生活で大変でした。

-学生時代は色々と忙しかったのですね。最後に、今後の展望を教えてください。

日本で介護の勉強をして、インドネシアに帰って介護の仕事をしたいです。介護福祉士の勉強を頑張って、資格を取りたいです。

日本で勉強して、ネパールで介護の施設を作りたいと思っていましたが、日本と環境が違うところが多く、施設を作ることは難しいです。しばらくは日本で頑張りたいと思っています。

<外国人の方の寮>

 

今回、実際に外国人介護人材の方からもお話を聞く時間を設けていただき、日本に来て間もない時と、現在の心境の変化についても伺うことができました。外国人介護人材の方は、日本で学んだことを活かし母国への貢献を考えてみえる方もみえましたが、そのことが母国の実情容易にいかないことを日本で働きながら感じてみえる方もみえました。また、取材をさせていただいた外国人介護人材の方との会話は聞き取りやすく、私も日本語を選びながら行いましたが、想像していたより苦慮することなくコミュニケーションを取ることができました。

この度の取材を通じ、外国人介

護人材を雇用することにより、自法人のみならず、その地域にとっても少なからず利点があるのではないかと感じました。清水施設長様は管理者として、誰よりも外国人介護人材を受け入れることに不安を感じられてみえたかと思いますが、実際に現場職員や外国人介護人材の方の声を聞き、また介護現場の雰囲気からも、大変ご尽力されたことを深く感じました。

清水施設長様はじめ、外国人介護人材の方、ご多用の中取材にご協力をいただき、誠にありがとうございました。

<たんぽぽ苑の方々>          <長手委員>